日 時:3月29日 改4月5日(日)13時〜16時
場 所: c:hord hayama
神奈川県横須賀市秋谷5611
会 費 : 税込¥13,000
*当日現金にてお支払いください(釣り銭のないようご準備ください)
*キャンセル料 3日前まで50%/当日100%
定 員: 10名程度 残席5
◆件名 「マリー・アントワネット予約」
◆本文
①お名前
②ご住所
③当日連絡のつく連絡先
④車でいらっしゃる場合はその旨
上記4項目を明記してお申込みください。
折り返し受付のメールをお送りいたします。
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プティ トリアノンの午餐会
実は2025年に個人邸宅にて「マリー・アントワネットとハプスブルグ家」をテーマに一度午餐会を開催しています。
マリー・アントワネットの実家であるハプスブルグ家の歴史にも絡めたメニューでしたが、それをそのままやってしまうと参加費が数万円となってしまう為、今回はプティ トリアノンでのメニューに限定し、実現可能な料理の抜粋と致します。(ハプスブルグ家のオリオスープだけでも材料費4万超え💦)
ちなみにその時ののメニューはこちら
〜スープからアントレまで〜
- ハプスブルグ家のオリオスープ
- とれたて野菜とヴェルミセルのスープ
- 焼きたてのキプフェルン(クロワッサン)
- 王太子妃風ジャガイモ
- ブラン・ド・ブランワインで火を通した牡蠣 タラゴン添え
- 兎の串焼き
- 冷製七面鳥
- ホワイトアスパラガス ムースリーヌソース
- フロマージュブランと香り豊かなイチゴ
- カモ肉のエギュイエット イチジク添え
- 骨付き仔牛のロースト
〜アントルメ〜
- ザッハトルテ
- アップルシュトゥルードゥル
- ザルツブルガーノッケルン
- ベリーのマリネソースとシャンティ
- クグロフ
- メレンゲマカロン
- キルフェン
- フロマージュグラッセ
- スミレのクリスタリゼ(ブルーマロウ)
そして、今回の午餐会メニューの参考にするのはこちら。

マリー・アントワネットとはどの様な人だったのか
Marie・Antoinette=マリー・アントワネットは、1755年ハプスブルク家の女帝マリア・テレジアの15番目の娘としてウィーンで生まれました。
フランス史上もっとも有名な王妃ですが、夫のルイ16世共々彼らの本質とはかなり歪曲され、造られたイメージで伝わっている気がします。
様々な文献を調べて見えてきた彼女のもう一面は、熱心に子育てに取り組み、素朴な青い矢車草が大好きで、ルイ16世からプレゼントされた離宮プティ トリアノンでは農村を再現するなど、巷で認識されているような派手好きとは少し違う印象。
どうやら当時のフランス国民にとって、憎きオーストリアからやってきたという理由で、また窮屈な王宮貴族の付き合い方に馴染めなかったことから、徹底的な印象操作により庶民と貴族の双方から誤解されてしまった王妃でした。
生家ハプスブルク家
ヨーロッパ屈指の名家ハプスブルク家の発祥は11世紀のアルザス。1278年に初めて神聖ローマ皇帝に即位以降、ドナウ川全域に繁栄をもたらした一族です。
16世紀に最盛期を迎えてから2世紀にも渡り、オーストリア、スペイン、ネーデルランド(オランダ)、ベルギー、ボヘミア、ハンガリー、イタリアの一部など広大な領土をその支配下に。
母マリア・テレジアは40年の治世期間のに16人の子供を産み育て、女帝として一族の中で最も知られた君主でしょう。
王宮でのマリー・アントワネット
母マリア・テレジアより敬虔なカトリックの教育を厳しく受け、幼くして嫁いだ彼女は、フランス王宮での淫らな社交界の慣習に嫌悪感を露わにしたたために、王の公娼として幅を利かせていた貴族の女性たちからまずは阻害されたと聞きます。
やがて一般市民にまで、その悪意に満ちた事実無根のデマが広められました。
またフランス社交界での堅苦しいマナーが苦手なマリーは、更に大人たちから叩かれます。
当時の貴族が好む派手さもなく、錠前造りなどが好きな現代でいうオタク気質の夫ルイ16世。おそらく自身も苦手な社交界から、王妃になった彼女に一息つける安全地帯を、と思っての離宮プレゼントだったのかもしれませんね。
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」
有名なこのセリフ。実はマリーが言った言葉ではなく、思想家ジャン=ジャック・ルソーの自叙伝「告白」の中のセリフであることが研究によりわかっています。(残念ながらあまり広まってはいませんが…)
詳しくはこちらの記事で詳細に解説されておりましたのでぜひ読んでみてください。

ジャガイモをフランスに定着させた裏の功労者
ジャガイモを普及させた人として知られているフランスの農学者アントワーヌ=オーギュスタン・パルマンティエ。
彼は隣国プロイセン(現在のドイツ)との戦いで捕虜となり、牢獄でジャガイモ料理をふるまわれます。
母国では食べたことの無かったジャガイモの美味しさと、その腹持ちのいいことにびっくりしたパルマンティエは、時の王ルイ16世にジャガイモ栽培を進言。
ルイ16世は、なかなか頭の軟らかい君主だったようで、見かけは悪いが美味しく栄養価の高いジャガイモの有用性を理解し、さっそく宮殿の外にある畑に植えさせ一計を講じます。
昼は近衛兵に畑の見張りをさせて周辺の農夫の気を引き、夜は農夫らが畑に入ってジャガイモを盗みやすいように見張りを解くよう計らったのです。こうしてジャガイモは、王も好む美味しい野菜としてフランス全土へ広まっていきました。
ルイ16世は晩餐会で王妃にジャガイモの花をアクセサリーとしてつける事を提案し、王の胸にもジャガイモの花を。豪華に結い上げた髪に、愛らしい青い花を挿した優雅な姿の王妃マリー・アントワネットは、ジャガイモの広告塔としても歴史に名を残していたのです。
つまり、パルマンティエの進言をすぐさま聞き入れ、国民の為に計画し実行した王と王妃がいたからこそ、ジャガイモは早々フランスにも定着し得たのでした。
クロワッサンとコーヒー
マリー・アントワネットがオーストリアから輿入れした時にフランスに持ち込み、やがて市民の間でも大人気となった三日月型デニッシュ=キプフェルン(クロワッサン)
神聖ローマ帝国時代にトルコ軍に悩まされたオーストリア国民が、トルコの国旗にある三日月に似せて作ったデニッシュを貪ることで鬱憤を晴らした?という逸話付きです。
またクロワッサンと共にフランスの国民食として欠かせないコーヒーも、同様にトルコの商人がオーストリアへ持ち込み、やがてマリーと共にフランスへ入っています。
貴族社会だけでなく、一般市民からも散々こき下ろされ、酷いいじめに遭い、最終的にギロチンにかけられたマリー・アントワネット。その名が広く世界に知られるようになったのは現代に入ってからだそうです。
国全体で、そんな酷い扱いをして貶めた彼女がもたらしたモノを、現代ではフランスの食の代名詞的存在として認識している辺り、なんとも皮肉としか言いようがありません…人の残酷さと愚かさよ。
プティ トリアノンでの暮らし
ルイ16世から送られた離宮プティ トリアノン
一般的には、王妃はこの離宮で勝手気ままに贅沢と馬鹿騒ぎをしていたと思われていますが、実際にはどうだったのでしょうか。
この離宮自体、元は先代であるルイ15世により愛妾ポンパドール夫人のために建てられた城だったようです。
城を受け取る前に婦人が亡くなってしまったため放置されていたものを、即位後ルイ16世が整えて妻マリーに贈ったいわばリフォーム物件。
マリー・アントワネットは、自身の宮殿を作らなかった王妃としても珍しい存在だそうで、ルイ16世からこの離宮をプレゼントされた後、小さな擬似農村(アモー)へと作り込み、公務がないときはほとんど離宮に引きこもっていました。
王妃が直接招いたものしか入れなかったこの離宮。
オーストリアでの幼少時代を彷彿とさせる、牧歌的な暮らしを好む若い王妃が、窮屈な宮廷作法から離れて、唯一心を休められる場所だったのかもしれません。
また、この離宮にて自身で子育てもしており、ここで過ごすときには動きやすく質素なモスリンのドレスを好み、庭や畑に咲く青い矢車草が大好きだったという記録もありました。
とはいえ人工的に農村を作り込むにはそれ相当の費用がかかっているので、食料不足にあえぐ庶民からこれを浪費と呼ばれても致し方なかったのかもしれませんが…
因みに、ここでの晩餐会や午餐会では、畑で採れたての野菜を多用して大切なお客様をもてなしていたそうです。
一般公開されている現在でも、度々王妃の姿が目撃されているのだとか…。

王妃としてのマリー・アントワネット
浪費家のように語られる反面、歴代の王族には珍しく自らのために城を建築したりすることもなかったことは前述しましたが、宮廷内で貴族に対し貧困にある者のためのカンパを募ったりしていたこともわかっています。
王妃になってからの彼女は、朝の接見の簡素化など、ヴェルサイユの習慣や儀式を廃止・緩和した実績も確認されています。
オックスフォード大学のロバート・ギルディア教授(近代史)は、マリーがフランス革命中に処刑されたのは、「フランス革命が女性を政治的権力から排除しようとした」からだと指摘している様に、研究が進めば進むほど時代に翻弄されながらも知られざる功績を多く残した王妃であることがわかります。
毎回感じることですが、食を通して様々な人間の生き様と歴史を掘り下げるたびに、これまで自分が知ったつもりになっていたこと(人や国や文化etc)には、自分の見えていない面があり、一般に知られていない事実がある。ということ。
とても有意義で、いつも新たな驚きと感動をもらっています。
ほんの少しでも、食事会に参加された方が、彼女の知られざる一面を受け取り楽しんで下さったら良いなと願っています。
1Day café @c:hord hayamaについて
コロナ禍から始まったc:hord hayama antiques&book caféでの予約制食事会・1Day café。
そのタイトルの由来は、まさに新型コロナが暴れ出してカフェ営業を中止していたコードハヤマで、外へ出かけられないならせめて料理で旅をしよう!をコンセプトに開けた、1日だけのカフェ営業でした。
緊急事態宣言発令が繰り返された当時、一度に集められる人数に制限もあり、席の間隔も広く取らなければならなかったため、少人数2部制で開催したことを覚えています。
以来毎年1〜2回(4〜7月のどこかと10月の最終日曜日)小嶋の個人的趣向に偏って、映画や物語、絵画などをテーマにして開催しています。
企画発案・料理 AMIGO KITCHEN 小嶋あゆみ
デザート ÉPICES(エピス) 飯村遥
会場・撮影 c:hord hayama(コードハヤマ)
















